ある文系研究者の日常

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ベトナムに留学していた後輩にコピーを頼んでいた史料。近年厳しくなったとはいえ、文書館の原史料がコピーできるベトナムの状況はやはり有難い。同じ漢文史料を使っていても、奈良朝以来の蓄積がある中国史料と比べると、ベトナム史料は現地に行かないとどうしようもない面がある。

つらつら捲っていると、景興24年(1763)の時点で、痔持ちの暗君として有名な呉朝の臥朝皇帝を村落神(城隍thành hoàng)として祀ることを公認されている村が3つもある。この他にも、宦官だったり、ちょっwwwおまwww、こいつかいwwwwと思わず言いたくなるようなシャビーな人物(笑)を祀っている村が結構ある。その割にあっさり祭神を変更したりもする。村落祭神は(北部)ベトナム村落史研究(前近代史に限らない)にとって、かなり重要な研究課題であることは間違いない。史料的にあやふやなこともあって、なかなか手出ししにくいのだが、ここを突破して英語かベトナム語で論文を書ければ、100年残る仕事になるだろう。

私は今のところ深入りするつもりはありませんが、これからベトナム史を志そうという人は是非一発狙って欲しいと思う。ついでに宣伝すると、ベトナム史の権威M師を擁し、中国の村落祭祀研究に金字塔を打ち立てた『総管信仰 ―近世江南農村社会と民間信仰』の著者H島先生が名誉教授を務める待兼山大学東洋史学研究室はこのテーマにぴったり。巷の噂ほど怖いところじゃないので、皆さんどうぞいらっしゃい。そして、既に片足突っ込んでるM野さん、風はあなたに吹いてるぞ。

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コメント
この記事へのコメント
何故、臥朝?
こんにちは、お久しぶりです。
こちらでは初めまして、ですね。

某李がいる宦官はいいとして、臥朝が城隍神という衝撃につい書き込んでしまいました(笑)。

太宰府天満宮のように「祀っておかないと祟りがある」というパターンなのでしょうか‥‥不思議なものです。
2006/02/21(火) 01:07 | URL | 荘司 #ykg5XCmM[ 編集]
臥朝はエライ?
荘司様、ご無沙汰しております。

ホントなんでなのか不明です。しかも安陽王や李公蘊などと並んで「歴代帝王34位」の中に含まれてます。黎朝の史料なのに、黎利を城隍神として祀ってるムラもあるし、何でもアリ状態というかベトナムらしいというか(笑)。

ちなみに鄭檜は鄭松の兄貴です。
2006/02/21(火) 08:50 | URL | 管理人 #SFo5/nok[ 編集]
ヒノキはマツの兄
あ、確かにミスってましたね。
“ヒノキが長子”と
1570年のところに、ばっちり書いてあったのに‥‥。

ご指摘いただき、ありがとうございます。
例の箇所直しておきます。
2006/02/25(土) 18:33 | URL | 荘司 #avgtxrEQ[ 編集]
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