ある文系研究者の日常

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第32回東南アジア彫刻史研究会(科学研究費補助金研究班「環タイ湾地域におけるインド系文化の変容に関する基礎的研究」)

  • 発表者:豊山亜希氏(関西大学ポスト・ドクトラル・フェロー)
  • 題目:紀元前後の西デカン地方における仏教石窟寺院の発生と展開
  • 概要:
  • インド亜大陸の西縁をなす西デカン地方には、紀元前2~紀元後8世紀に編年される、700窟余の仏教石窟寺院が穿たれている。19世紀半頃より本格化したインド石窟寺院の調査研究は、ファーガソンとバージェスによる大著の上梓をもって一定水準の網羅性を獲得し、イギリス植民政府が20世紀初頭までに編纂した地誌事典と、現在までに提出されてきた論考を併せると、その消長過程を一定程度まで描出することが可能である。簡潔に纏めると、インド仏教石窟は、紀元後3~4世紀頃の中断期を境に、造営前半期はサータヴァーハナ朝および西クシャトラパ朝、後半期はヴァーカータカ朝による仏教の庇護と商業活動の奨励を背景として、造営活動が展開されたと理解されている。

    当該研究領域の主な担い手が美術史家であることから、先行研究の対象はアジャンター石窟に代表される、彩色画や彫刻によって豪奢に荘厳された後期開鑿例に偏向してきた。こうした石窟群の多くは、政治権力者が刻ませた寄進銘を伴うことから、上述したように王朝史と編年の連関性が成立してきた。

    一方で、前期開鑿例の中でも、コーンカン地方と呼ばれるサヒアードリー(西ガーツ)山脈以西地域に分布する開鑿例については、簡素性を特徴とする上に寄進銘が乏しく、さらには交通便の劣悪性もあって、先行研究によって看過されてきた経緯がある。そのため、インド仏教石窟の初期的様相、とりわけ研究者の多くが実見していないコーンカン地方の開鑿例を論じるにあたって、19世紀に編纂された基礎資料を無批判に受容してきた点は否めず、また学術的俎上に載せられたという意味での、当該地域における現存例の「新発見」も現在まで後を絶たない。このことから、先行研究の成果が十分ではない前期仏教石窟について、正確性と網羅性をもって再検討を加え、基礎資料を整備する必要性が指摘されよう。

    本発表は、発表者が2007年11月に関西大学へ提出した学位請求論文の研究対象とした、西デカン地方における前期仏教石窟の発生と展開について、先行研究によって看過されてきたコーンカン地方の開鑿例を含めて考察するものである。具体的には、石窟寺院の構造的・様式的考察および銘文解読に加え、周辺考古遺跡からの出土資料、さらには近年の西デカン港湾史など、関連分野の成果も援用することによって、仏教石窟寺院という文化様式の初期相について、包括的かつ実体的な理解を目指す試みである。また、2008年2~3月の現地調査成果についても、撮影した写真記録を中心に報告する予定である。

    • 資料紹介
    • 発表者:深見純生氏(桃山学院大学)
    • 題目:ンドネシア考古学写真コレクション(マイクロフィッシュ)
    • 概要:
    • インドネシア考古学調査センター(旧蘭印考古局)が1901~1956年の間に収録した約2万点の遺跡・遺物の写真コレクションの利用について考える。

      以上

      なお、第33回は5月24日(土)に開催し、近く来日されるDr. Dorothy C. Wong(Associate Professor, University of Virginia)の発表を予定しています。

      【問合せ先】
      〒566-8501摂津市正雀1-4-1
      大阪人間科学大学/大阪薫英女子短期大学 橋本康子/樋口裕美
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