ある文系研究者の日常

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先日のエントリーで愚痴ったわけだが、この件は複数の問題が重なっているので、いくらか言い過ぎた部分もある気がするし、逆に抜け落ちている部分もある。法令その他に不案内なので、十全に議論することは無理なのだけど、もう少し考えてみたいと思う。

この調査(文科省のサイトでは見つからなかった)は「05年度時点で、分野ごとに3~5年となっている修業年限内に博士号を取った学生の数」を調べたものだそうだ(5年というのは、おそらく留年してD5まで行けるという意味ではなく、医学部や一部の5年一貫制博士課程のことと思われるが、これも要するに修士課程(博士前期課程)が組み込まれているだけなので、実態としては大差ない)。まずこの「修業年限」がくせ者。要するにストレート(3年)で博論を書かないとカウントされないわけだ。さて、博士課程ともなれば、休学して留学する人も多数いると思うが、こういう人が帰国後に博士を取ったとしてカウントされるのだろうか、この点がかなり疑問である。別の言い方をすると、この調査では人文系の7.1%が3年で博士号を取ったことが分かっても、残りの人が学位を取得できなかったことを意味しない。

つぎに、その3年という修業年限で線を引いて調査したり、「なんとかしろ」と嘆いたりすることの妥当性だ。こちらのサイトのコメント欄で六月五月さんという方がアメリカのデータを紹介されている。2003年までの25年間における博士学位取得状況だ。これによると、2003年時点で、全分野を平均した博士号取得年齢は33.3歳で、学部卒業後博士号取得までの平均所用年数は10.1年。理科系でも博士取得は平均30歳を超えている。歴史学の属するHumanitiesを見ると、それぞれ34.6歳、11.3年だ。なんと文科省はアメリカの倍以上のスピードで博士を取れと言ってることになる。

勿論、制度やアカデミック・ライフのサイクルが違うわけで、単純に比べるのは良くない。しかし、世界中から人材が集まるアメリカより日本の大学院生が倍賢いということにはならないだろう。私が知っている範囲では、欧州でも3年で博士が量産なんて話は聞かない。

3年という修業期間があるのだから、ハードルもそれに見合ったものにすべきだという意見はあろう。それはそれで筋が通っているとも思う。だが、それで質は担保されるのだろうか。日本の文系は「滅多に博士を出さない変な国」から「3年で博士を乱発する変な国」へと極端から極端に振れちゃったのではないのか(当然、自分のことは棚に上げておく)。先のアメリカのデータを見ても、人文系博士への道は、理科系よりもちょいと険しいらしい。無理に理科系に合わせる必要もないし、先のエントリーで触れた、博士課程修了後の身分や研究環境をどう確保するかといった問題の方がずっと大事でしょう。重点化やポスドク一万人計画とかやった文科省は、年限なんかよりも、それらの政策に応じて(かどうか知らんけど)この業界にやってきた人間の居場所を心配して欲しいものです。

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2007/10/18(木) 01:17:37 | 真面目なふざけ、適度な過剰
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