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ニンプロ・貨幣理論班ワークショップ「東アジア銭貨流通の再検討」
インドネシア考古学調査報告会
- 期日
- 2007年2月3日(土)
- 場所
- 東京大学埋蔵文化財調査室事務室(井の頭線駒場東大前下車徒歩5分 東大駒場リサーチキャンパス56号館2階)
なお会場の駒場リサーチキャンパスは、東大教養学部キャンパスとは別のキャンパスです。場所については東大埋蔵文化財調査室サイトの地図をご覧下さい。
- 日程
- 15:00〜15:40 「06年度インドネシア調査成果の概要」(副理事長 坂井 隆)
- 15:40〜16:20 「ブトン島ウォリオ城跡出土の陶磁器」(理事長 大橋康二)
- 16:20〜16:30 質疑応答
NPO法人アジア文化財協力協会は、前身団体のバンテン遺跡研究会時代の1991年からインドネシア国立考古学研究センターと共同でさまざまな調査を行ってきました。
97年に発掘調査を開始したジャワ島のバンテン・ティルタヤサ遺跡はバンテン王国英主ティルタヤサ大王(在位1650〜82年)の故地ですが、これまで離宮跡から日本国外では最も高い比率で肥前磁器が出土することを確認しました。さらに04年からの調査で水田と化した運河跡に残されたレンガ造水門跡群を発見し、今年度の調査では高さ4mのスジュン水門跡の構造を解明することができました。雄図半ばで内乱に介入したオランダにより閉ざされた大王のティルタヤサ地方開発計画の実態が、徐々に姿を現し始めました。
一方、スラウェシ島属島のブトン島に残るウォリオ城跡は、ブトン水道を見下ろす全長3.5kmの大城郭です。私たちは02年の予備調査を経て、04年から試掘と陶磁片調査を行ってきました。17世紀前半に築造された珊瑚石灰岩のこの城跡はブトン王国の王城で、多数の堡塁と城門を備える城壁の修復作業から大量の陶磁器が出土しています。05年度の調査ではヨーロッパ輸出様式の肥前鯉滝登り文染付大壺片を発見しましたが、今年度の調査でその出土地である堀の機能を明らかにすることができました。記録に乏しい大城郭と豊富な陶磁器を持つブトン王国の性格の一端が、そこから明らかになりつつあります。
いずれもオランダ植民地化の過程の中で忘却されていた、在地イスラーム王国の闊達な政治経済のあり方が、日本の肥前陶磁等の陶磁片により始めて甦ろうとしています。植民地化の文献では分かりにくい在地の歴史が、考古資料から顔を見せる可能性があります。
以上のような私たちの06年度調査の成果報告会を、下記のように行います。どなたでも参加できますので、ご案内いたします。
The 10th Iinternational Conference on Thai Studies
- January 9-11, 2008
- Bangkok, Thailand
Thammasat University is pleased to announce the 10th International Conference on Thai Studies, to be held January 9-11, 2008, Bangkok, Thailand. The conference intends to bring together scholars from all disciplines and intellectual perspectives to discuss the transformation of 'Thai Societies in a Transnationalized World': how transnationalism affects the nation's life, prospects and identities; what kind of challenges awaits Thai society; how traditions could be modified and new mechanisms devised to cope with current and emerging challenges; and how Thailand can contribute to the world's peace and prosperity. The deadline for proposal submission is April 15, 2007 and the deadline for abstract and full paper submission is September 30, 2007. For more information please contact website http://www.thaiconference.tu.ac.th
▼ 非常勤最終回
本日で非常勤の講義は終了。ホントはテスト(と採点)が残っているが、受講者数が少ない(涙)ので、それほどの負担ではない。今年の反省点は、テンション高すぎたこと。喋る方は知っていること・伝えたいことを喋る。私のような非常勤は「その時間だけ」なので、90分はあっという間。でも、聞く方は1日にいくつも講義を受けているので、肉体的疲労もあって集中力が持たない(金曜5限に集中力十分な状態で出席することを期待するのは間違っているだろう)。
いい意味で、もう少し手抜きすべきだと思った。幸い、来年もこのコマは存続するので、今のうちから改善案を練っておこう。
▼ ネタ
Activeコントロールの実行をonにすること。あと、スピーカーの電源もonに。
グローバルヒストリーセミナー
- 日時:1月15日(月) 18:00-20:00
- 場所:大阪大学豊中キャンパス、待兼山会館2階・会議室
- 報告者: Dr. Kent G. Deng (London School of Economics, Department of Economic History)
- 題目:“The State and Market in China's Traditional Maritime Sector."” コメント: Comment: in negotiation, to be informed later
※共催:海域アジア史研究会
現在、ハノイで社稷壇と南郊殿の発掘調査が行われていることを、山中先生のブログで知り得た。まだ連載第一回目で、社稷壇址のみのリポートだが現場写真もあるので、続報を期待しつつご覧あれ。どちらも工事に伴う発掘調査のようで、社稷壇の方は、キムリエンKim Liênとオー・チョ・ズアÔ Chợ Dừa交差点を結ぶバイパス建設によって、調査の運びとなったとか。ニャンザンのサイトで検索してみると、下記ふたつの記事が見つかった。最初の記事では「陳朝」となってたのが、一週間後の記事では「李朝」へと変更されている。
- Hà Nội phát hiện di tích khảo cổ thời Trần (「ハノイで陳朝期の考古遺跡発見」2006/11/15)
- Di tích Đàn Xã Tắc - Giữ hay bỏ? (「社稷壇址 ――残すか捨てるか?」2006/11/21)
山中先生によれば、社稷壇の発掘というのは東アジアレベルで見ても、かなり画期的なものらしい。しかし残念ながら、遺跡の保存はかなり難しい情勢だ。もっとも、私のようなヒネクレ屋さんは、タンロン王城のときも今回も、後期黎朝や阮朝時代の遺構なんてロクに見ないで、目立つ李陳朝の層まで一気に掘りまくったんじゃね〜のか?とか、ついつい邪推してしまうのだけど。そういや、最近JICAがお金を出してハノイに都市型鉄道を造る計画が出たらしいが、なんと旧市街に地下駅を作る予定らしい。これはこれで遺跡がざくざく出てくる(そしてぶっ壊される)ことになるわけで、大変そうだ。ま、鉄道計画は浮かんでは消えの繰り返しなので、実際着工するまで分かりませんが。
南郊殿の方は検索しても出てこなかった。こういうのはHà Nội Mới紙の方が強いと思うのだが、こういうときに限って繋がらない。続報を鶴首して俟ちたい。代わりに南郊「壇」で検索してみると、タインホアの西都で、胡朝期の南郊壇の発掘調査が、2004年に行われていたことを知り得た(真面目にベトナムの学術雑誌をチェックしていないのがバレバレ)。昭和女子大の菊池先生のグループによる西都城発掘(世界初である)と時期的にかぶっているので、連携があったかも知れない。
- Ðàn Nam Giao trên đỉnh Ðốn Sơn (「ドンソン丘のてっぺんの南郊壇」2006/11/8)










