第15回日本マレーシア研究会(JAMS)研究大会
- 開催日:2006年12月2日(土)・3日(日)
- 会場:立教大学新座キャンパス6号館2階ロフト教室(N623)
- 〒352-8558 埼玉県新座市北野1-2-26
- ※新座キャンパスへのアクセスは以下のウェブをご覧下さい。
- http://www.rikkyo.ne.jp/grp/kohoka/campusnavi/index.html
- 13:00 受付開始
- 13:30-40 開会の辞
- 13:40-50 趣旨説明 弘末雅士(立教大学)
- 13:50-14:30 報告1 遠藤正之(立教大学大学院)
- 14:30-15:10 報告2 黒田景子(鹿児島大学)
- 15:10-15:50 報告3 山本博之(京都大学)
- 15:50-16:05 コメント1 井口由布(立命館アジア太平洋大学)
- 16:05-16:20 コメント2 伊藤眞(首都大学東京)
- 16:20-17:20 総合討論
- 17:20-18:10 会員総会
- 18:15-20:00 懇親会(立教大学新座キャンパス新座学生食堂2階)
- ※一般 3000円、学生2500円
- 9:00 受付開始
- 司会:左右田直規(東京外国語大学)
- 9:30-10:10 市川哲(国立民族学博物館)
- 世代と地域を通してみたマレーシア華人の多元的な現地化過程 ―サラワク華人のファミリーヒストリーを事例として―
- 10:10-10:50 綱島(三宅)郁子(同志社大学)
- 現代マレーシア社会における宗教間対話の実態と課題 −少数派のキリスト教共同体の見解に焦点を当てて−
- 10:50-11:30 久礼克季(立教大学大学院)
- 17世紀ジャワ北岸地域における貿易活動の変化について
- 11:30-12:10 奥村育栄(一橋大学大学院)
- 教育問題に関する言明を通じたインド人労働者像の構築
- 13:00-13:40 伊賀司(神戸大学大学院)
- マレーシアにおけるメディア、政党政治、華人社会 ―MCAの南洋商報買収事件を事例にして―
- 13:40-14:20 都築一子(新潟大学大学院)
- 英領北ボルネオにおける「1890年代日本人移民」に関する再考 ―移民の実態と対日本木材輸出に及ぼした影響―
- 14:20-14:30 趣旨説明 川端隆史(外務省)
- 14:30-15:00 報告1 塩崎悠輝(同志社大学大学院)
- 15:00-15:30 報告2 西芳実(東京大学)
- 15:30-16:00 報告3 川島緑(上智大学)
- 16:00-16:15 コメント 川端隆史(外務省)
- 16:15-16:55 総合討論
- 16:55-17:00 閉会の辞
12月2日(土)
第1セッション フロンティアから見たマレー(ムラユ)世界
12月3日(日)
第2セッション 個別研究報告
第3セッション マレー世界における分離独立運動の諸相−解決する紛争、しない紛争−
東南アジア学会関東部会12月例会
テーマ:文明から見た東南アジア・東南アジアから見た文明
- 日時: 12月16日(土)午後1時30分より 会場: 東京大学 赤門総合研究棟8階 849号教室
- 報告者
- 染谷臣道(国際基督教大学教授、比較文明学会会長)「諸文明が創出したジャワ心学(Kawruh Jiwa)という叡智」
- 青山亨(東京外国語大学教授)「歴史的視点から見た東南アジアと文明世界」
- 参加費:一般200円、学生100円
- 共催:比較文明学会
▼ 佳境
現在関わっているプロジェクトの打合せ。私の怠慢のせいもあってかなり状況は切迫している。10時間以上、様々な要件の確認を繰り返す。お陰でデッドラインは定まったが、実際の作業はこれから。正月を挟んで殆ど休みはなさそうだ…。で、疲労困憊して帰路に就こうとしたところ、メンバーのKさんは、これから別の仕事に行くとのこと。いや、そっちはそっちで大変だろうけど、斃れちゃ元も子もないから、気をつけてね。
知る人ぞ知る名著が文庫版として復刊。「学術文庫版まえがき」執筆者の一人、杉山清彦先生より。ありがとうございました。原著は1968年出版だが、すでに岡田節全開です。
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以前のエントリーで紹介したJournal of Vietnamese Studiesがやっと届いた。いったん発刊が延期になったあげく、創刊号からVolume 1, Number1-2と合併号である(分厚いけど)。3号雑誌にならないことを祈ってます。
内容は20世紀以降が殆どで、前近代史はLiam C. Kelleyの長文エッセイが1本のみと、やや寂しいところ。
▼ 日常
遅くに起きて終日メール対応、授業の仕込みやら報告書の校正やらに費やす。どうと言うことのない一日、の筈がヴィッセル敗戦…。
▼ 別府行(2)
本日はAPUの市岡先生にお誘い頂き、ゼミ生の調査地九重町への小旅行に同行させて頂く。他のゼミ生と大学で合流だったので、昨日取り忘れた風景写真を撮影。

市岡ゼミでは3回生のときに、映像ドキュメンタリーを制作するが、その前提として、まず月単位のフィールド調査を行い、その結果を報告書形式で纏めている。いきなり映像ではなく、綿密な下調べをすることが大事とのこと。2004年度の報告書を頂いたが、けっこう分厚かった。昨年度制作した映像ドキュメンタリーには、賞を取ったものもあるというから、かなりの本格派ガチンコゼミだ。車中で市岡先生よりご著書を恵贈に与った。ありがとうございます。お返しが地味な抜刷りですいません。
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まずは完成したばかりの九重“夢”大吊橋に向かう。大人気らしく、平日午前だというのに人だらけ(年齢層はかなり高め)。我々とは反対側から渡ろうとすると、何と2時間待ちとのことだった。そのため完全に渡りきらず、途中で引き返した。「途中で立ち止まらないで」のアナウンスがあるなど、動物園に人気動物を見に行った気分になった。
復路では、ツアーの同行者に大声で日ユ同祖論を熱く語るおじさんの前を歩くことになり、笑いを堪えるのに必死だった。まさかリアルでお目にかかるとは思わなかった。これまた貴重な体験。
その後、タデ原湿原を少し散策した後、学生さん達が映像ドキュメンタリーを作った「蕨原おわて」にお邪魔する。ご主人の時松さんは、非常に気さくでパワフルな方だった。食事は、松茸みたいな高級食材は入ってないけど、とっても豪華で美味(下の写真で伝わるだろうか…)。殆どの材料が地のものでかつ手作り。単なる地産地消ではなく、技術も非常に高い。すっかり満足。このお宅は屋根こそ台風で傷んだため瓦葺きだが、建物自体は240年ほど前のもので、九度はあるは火鉢はあるは、江戸後期の民家の姿をかなり留めている。屏風などもあるが、ふと目をやると「表面ハ琉球人ノ書」と書いてある手紙が飾ってあった。ご先祖の一人が明治後期に兵隊として首里城に赴任し、帰国の際、知己を得た琉球人が書を送ってくれたらしい。飾ってあったのはその裏面で、書の由来が書いてある部分だった(写真を取り損ねたのが残念)。

学生さん中に、立命館宇治高出身の人がいたのだが、なんと高校の英語のアドバンスクラスか何かで、東南アジア史の英書を読んだとのこと。その内容もトンチャイ・ウィニチャクーンのSiam Mappedに出てくるような話があるらしく、ビックリした。緑色の本らしいが、いったいどの本なのだろう。そして、マニアック(?)な選択をした先生に影ながらエールを送りたい(ネイティブの人のようだが)。「印象に残ったのは?」と聞くと「Rama the Third」だそうで、これまたビックリ。何で3世なんだ?同じゼミのタイ人の子もキョトンとしてた。
帰路は、またもや市岡先生のはからいで、湯布院に立ち寄ることに。いい風情でした。その後、学生さんに駅まで送って頂き、家路に就いた。市岡ゼミの皆さん、闖入者を温かく迎えてくれて、どうもありがとう。
実は、話はここで終わらなかった。別府駅に着くと人身事故で列車が遅れているとのアナウンス。もともと小倉での乗り継ぎは10分も無かったが、すでに9分の遅れとのこと。駅員に相談して、あとの列車に変更したが、小倉着直前に「(私が乗るはずだった新幹線は)発車時刻を過ぎていますが、乗り継ぎのために待機している。」とのアナウンスが…変えなきゃよかった(涙)。神戸に着いてから小腹が空いたのでラーメンを食べて、やっと自宅に。ところでラーメン○蔵さん、こくまろラーメンなのに唐辛子が利いてるのはどういう了見でしょうか?
▼ 別府行(1)
こちらのシンポで海域史漫談講演してきた。APUは別府湾を一望する高台、というか山腹にあって景色は抜群(冬はかなり厳しそうだけど)。でも、デジカメをホテルに忘れてくるという大失態を犯し、写真は撮れず。
当方が思っていたより大規模なシンポで、学長やら専務やら、お偉いさん直々の接待など有り、分不相応に鄭重な扱いを受けて恐縮しきりだった(用意してきた名刺が偉い人の手前で尽きてしまい、大恥かいた)。とても感心したのは、お手伝いの学生さんたちがきびきびと動いていたこと。みなボランティアとのことだったが、待兼山の諸君に引けを取らぬ動きだった。事務局辺りに人を動かすノウハウが蓄積されているのかと思ったが、そうではないとのこと。大規模校ということもあろうが、外の人間が一定数のしっかりした学生さんを見ると、その大学を見る目は大きく変わってくるので、大事な財産だと思う。
終了後は、F井先生、I岡先生、今年から着任したS川先生に美味しい魚をごちそうして頂く。どうもごちそうさまでした。また、S川先生からは、下記新著をご恵投頂きました。ありがとうございました。
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東南アジア彫刻史研究会第22回例会
- 日時: 2006年12月2日(土) 14:00−17:00
- 会場: 大阪人間科学大学正雀学舎(大阪薫英女子短期大学)5号館第8講義室(アクセスは末尾をご参照ください)
- 講師: 辛島昇
- 「南インドのチョーラ朝とはどういう国家か」
- 問合せ先: 〒566-8501 摂津市正雀1-4-1
- 大阪人間科学大学/大阪薫英女子短期大学(橋本康子/樋口裕美)
- 一般の方の来聴も歓迎します。
大阪人間科学大学正雀学舎(大阪薫英女子短期大学)へのアクセス
大阪人間科学大学のホームページhttp://www.ohs.ac.jp/page/15/15_access.htmlをご覧ください。新大阪からなら、JR在来線各駅停車で京都方面へ3つ目の岸辺で下車してください。出口は南東側の1か所のみです(ホームページの地図をご参照ください)。岸辺駅前の交番の前を南東に直進し、平和堂の大きなショッピング・センター(地図には記載なし)を過ぎて、その角を左折して北東に進み、突き当たり(阪急正雀工場)を右折して南東に進み、阪急正雀駅の地下道を通って(または2階通路を通って)反対側へ出て、十三信用金庫を目指してお越しいただいて、正門からお入りください。JR岸辺駅から徒歩約15分、ゆっくり歩いても20分以内です。阪急正雀駅からは、徒歩約7分です。
東南アジア学会(旧・東南アジア史学会)大会
共催:東京大学大学院人文社会系研究科 南・東南アジア歴史社会専門分野
研究大会/会員総会
- とき:2006年12月9日(土)・12月10日(日)
- 会場: 東京大学本郷キャンパス法文2号館1番・3番大教室
- 東京都文京区本郷7−3−1
- 地下鉄丸の内線・大江戸線本郷3丁目駅,南北線東大前駅下車
- 大会準備室:
- 東京大学大学院人文社会系研究科 南・東南アジア歴史社会専門分野
- 〒113-0033 東京都文京区本郷7-3-1
プログラム
12月9日(土)
International Symposium Commemorating 40th Anniversary of JSSAS
At Faculty of Law & Letters Bldg.2, Lecture Room no.3, Hongo Campus, the University of Tokyo (Open to non-members. No Japanese translation is provided.)
- 13:00 registration
- 13:30【Opening Remarks】 SAKURAI Yumio, President of JSSAS
- 13:40 - 14:20【Keynote Speech : Review of Southeast Asian History in Japan】
- ISHII Yoneo, National Institutes for the Humanities
- 【Symposium:Recent Trends in Studies of Southeast Asian History】
- 14:20 - 14:50
- “Rethinking Legal and Illegal Economy: A Case Study of Tin Mining in the Island of Bangka, Indonesia” Erwiza Erman, Indonesian Institute of Sciences (LIPI)
- 14:50 – 15:20 “Historical Relations between the Malays of the Malay Peninsula and the Chams of Vietnam” Danny Wong, University of Malaya
- 15:20 – 15:40 Coffee Break
- 15:40 – 16:10
- “Evidence for Contact, Trade and Diffusion: Southeast Asian Archaeology over the Past Ten Years” YAMAGATA Mariko, Waseda University
- 16:10 – 16:40
- “Current Trends of Studies on Insular Southeast Asia in the Early Modern Era” OTA Atsushi, National University of Singapore
- 16:40 – 18:00 Discussion
- 18:30 Reception at Sanjo-Kaikan (Reception Fee: 3,000yen)
12月10日(日)
自由研究発表
東京大学法文2号館1番大教室
- 09:00 受付開始
- 09:30-10:05
- 「タイにおける潮州系華人の慈善活動とタイ型民間地域社会構築の可能性」 中山三照(大阪観光大学)
- 10:05-10:40
- 「タイにおける木材輸送—産地と輸送手段の変遷—」 柿崎一郎(横浜市立大学)
- 10:50-11:25
- 「開発過程における慣習の復興と解体—スマトラ、プタランガン社会の森林利用—」 増田和也(京都大学大学院生)
- 11:25-12:00
- 「インドネシア・ミナンカバウ高齢者のリビングアレンジメント—社会変容の一側面として〜ミナンカバウの事例—」 西廣 直子
- 12:00-12:35
- 「スハルト新秩序体制下における1997年総選挙の住民動員—東ジャカルタ市Bクルラハンの事例—」 小林和夫(日本大学非常勤講師)
- 12:35-13:45 昼食(お弁当の用意はありません。お近くの食堂等をご利用ください)
- 13:45-14:35 会員総会
- 14:40-15:15
- 「英領期ビルマの種痘政策とインド人移民労働者差別言説—海港での種痘強制問題とインド人移民労働者へのまなざし—」 長田紀之(東京大学大学院生)
- 15:15-15:50
- 「新聞『ナガラ・ワッタ』の考察—初期民族主義者の視点と社会背景—」 神田 真紀子(東京大学大学院生)
- 15:50-16:25
- 「ビルマ「古典歌謡」におけるジャンル形成—創作技法の分析を通して—」 井上さゆり(日本学術振興会特別研究員)
- 16:25 次期会長あいさつ/閉会の辞
両日とも託児サービスを用意しております(要事前申し込み)。
▼ 太陽
ちょいと外出したついでに太陽 The Sunを観た。映画館で映画鑑賞なんて、ほんとうに久しぶりだ。ちなみに観客は私を入れて4人でした。ま、平日夕方だしね。
評価は………、難しい。ハリウッドみたいな分かりやすいストーリーもないし、かといって、役者や風景をして語らせるようなメッセージもあるような、無いような。これみて外人はどう思うんだろう?素人目には、日本人や昭和天皇に対する理解や共感が深まるようには、あまり思えないのだが。映画館だから黙って2時間座れたけど、普段映画を観ないこともあり、自宅でDVDとかだと5分で投げ出しただろうな。以下、ネタバレ有りなので、追記に書きます。
ベトナム前首相ファン・ヴァン・カイ氏講演会
- 日時:2006年11月8(水)15:00〜16:15頃
- 場所: 早稲田大学(メインキャンパス)8号館 308教室
- 地下鉄東西線早稲田駅から徒歩5分
- もしくはJR高田馬場駅前から都営バス「早大正門前」行きに乗車、終点の早大正門前から徒歩1分
- テーマ:『日越関係の発展のために』
- 主催:早稲田大学COE「現代アジア学の創生」
- その他:日本語通訳つき、入場無料、事前登録など不要
東南アジア学会関東部会11月例会
- 日時: 11月25日(土)午後2時30分より
- 会場: 東京大学 赤門総合研究棟 8階 849号教室
- 本郷の東京大学の赤門を入ってすぐ右手の建物が赤門総合研究棟です。そこのロビーを入り、左奥のエレベータで8階にお上がり下さい。
- 報告:長田紀之(東京大学大学院人文社会系研究科博士課程)
- 題名:「英領期ビルマの種痘政策とインド人移民労働者差別言説―海港における種痘強制問題をめぐって」
- 参加費:一般200円、学生100円
- 連絡先:関東地区理事 奈良修一
報告要旨
本報告では、英領期ビルマの種痘政策の変遷のなかで、特に20世紀初頭、一般的な種痘の普及に加えて、来航者に対する港湾での種痘強制を法制化しようとする動きが生じてくることに着目する。こうした動きは、大量のインド人出稼ぎ労働者が、ほぼラングーン一港を経由して無制限に流入する英領期ビルマの特殊な状況に由来した。インド人移民労働者は生活環境の劣悪さと流動性の大きさのため、植民地当局からビルマにおける疫病流行の元凶とみなされたが、その背後には不衛生な生活環境をインド人の習慣や文化と結びつけようとする植民地官吏たちの認識が存在していた。こうした中、港湾での種痘強制法制化の動きは、19世紀末のペスト大流行を契機として生じた。この政策は、当初、労働力流入を妨げる恐れがあるとして抵抗を受けたものの、1910年代中頃から次第に実効力を有し始める。この過程で、植民地官吏たちの「不衛生なインド人移民」言説は法的な裏づけをえていき、また、都市部のビルマ人にも受容されて、ナショナリスト系の新聞などでインド人労働者非難に利用されてゆくことになった。
▼ 翻訳
頼まれて、さる国際会議(アジアの幾つかの主要国の最優秀とされる大学が集まって開催する)での基調報告の原稿を日本語に翻訳した。国際的に有名な某国の最高学府学長の演説原稿である。おそらく専門分野(某理系分野)では高名な学者なのだろうが、これが実に無内容かつ低レベルなグローバリゼーション批判で、翻訳しながら暗澹たる気持ちになった。世間には、21世紀はこの某国の時代などと言う向きもあるが、その某国最高の大学の学長が、政治的立場もあるだろうとはいえ、この程度の陳腐な言葉しか紡げない様であれば、それは全くの見当はずれだろう。
第120回SEAF研究会
- 日時 2006年11月25日(土)14:00〜17:00
- 場所 広島市女性教育センター(旧婦人教育会館)4F 第1会議室
- (広島市中区大手町5丁目6−9 Tel 082-248-3312)
- http://www.hitomachi.city.hiroshima.jp/we-plaza/
- 発表者 片岡 巧(広島大学大学院文学研究科)
- 題目 「蘭領東インドにおける日系栽培事業」
- -------問い合わせ先-------
- 東南アジア談話会事務局
- 〒739-8522 東広島市鏡山1-2-3 広島大学大学院文学研究科
- 東洋史学研究室内 上田 新也
*報告後に懇親会を予定しております。なお、お茶代として400円をご用意ください。
例の高校での必修科目あぼ〜ん事件(世界史だけじゃなく、情報なども)、ついに我が母校でも発覚したようですorz。私の在学当時は、ひたすら「過去の栄光よもう一度」(戦前に進学実績全国2位だったことがあるそうな)を繰り返す校長のもと、うちを華麗に追い越していった周囲の公立進学校へのコンプレックスが強かった印象がある。もしそのままなら、関西随一の私立進学校でも発覚したことだし、「長○だってやってたやん」とか言って開き直るかもしれませんな。変わっていることを祈っています。
ちなみに、私の在学当時はどうだったかというと、どれが法的な意味で必修科目なのかはよく分からなかった。しかし、3年次での選択科目で、書類上は載っていて、履修希望登録にも記入欄がちゃんとあるドイツ語とフランス語について、「これは選択するな」と宣言された記憶がある。当時の記憶は曖昧なので、断言はできないが、おそらくそうだったと思う。
母校の現状はよく知らないが、マスコミに出てくる言い分は、「週休二日制導入による時間不足」「生徒の受験志向への対応」が主要のようだ。前者はどこでも言われているわけだが、後者は高校自身が「受験という餌がなければ生徒が付いてこないような、情けない授業しかできません。」と宣言しているようなものではないのか?これは地頭とかそういう問題ではない。進学校が多数含まれているのだから。大学の授業、とりわけ一般教養の講義レベル、については言い訳できないことが多数で、私自身も人のことを言えた義理ではない。それでも、教育のプロの発言としては、あまりに情けなくないだろうか。















