ある文系研究者の日常

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全国の不祥事教員にその手があったか!と膝を打たせたとか打たせなかったとか言う、早稲田の不祥事。プールやキックバックまでは振り返れば奴がいるなどでおなじみだが、プールした金をさらに投資信託に投入とは恐れ入った。これはさすがに言い逃れできないでしょう。ところで、日経の下記の記事。

文科省は、早大から具体的な数値目標を盛り込んだ再発防止策が提示されるまで科学技術振興調整費の交付を見送ることを通知した。同省によると、科学技術振興調整費は通常、7月中旬以降に支払われる。防止策の提出が遅れれば、調整費を受けとる予定だった他の研究者の活動にも影響が出る可能性がある。

数値目標って何ですか?まさか投資信託の利回りじゃないですよね。文科省の考えることはよく分からん…。まー、私の様なしがない人文系には無縁の金額ですが。

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APIフェロー募集開始

APIフェロー(日本財団アジア・フェローシップ)の募集が開始されたとのこと。日本でのカウンターパート機関は京大の東南アジア研究所です。

本フェローシップは、2000年より、インドネシア・日本・マレーシア・フィリピン・タイの5カ国で実施され、研究者、NGOスタッフ、メディア関係者、芸術家などの知的リーダーとして世論形成や社会的活動の実践に積極的に参画し、アジア地域の公益の増進に資することが期待される人材を対象としています。したがって、現役で活躍中の方も、今後その分野で活動する意欲のある若い方々からの応募も関係します。

APIフェローシップには、APIフェローシップ(40歳未満の方対象)とAPIシニア・フェローシップ(40歳以上の方対象)の2種類があり、日本からは毎年計4名から6名が選抜されます。フェローは上記の日本をのぞく4カ国(複数国可)において、来年7月以降、最長12ヶ月間、下記三つのテーマに沿った研究・交流活動に従事していただきます。

  1. アイデンティティの変容とその社会的・文化的背景
  2. 人類が直面する社会的課題と社会正義の考察
  3. グローバル化の現状とその課題

応募締め切りは8月31日です。ふるってご応募ください。詳しくは、サイトをご覧ください。

アジア陶磁器研究講演会:インドネシア・台湾の陶磁器研究の現状

主催:バンテン遺跡研究会・町田市立博物館
場所:東京都町田市立博物館講堂
日時:7月22日 (土)午後2時~5時 (入場無料)
JR横浜線・小田急線「町田駅」で下車し、小田急線「町田駅」西口の「町田バスセンター」の1番乗り場から、「藤の台団地行き」バスで、「市立博物館前」下車、徒歩7分。

バンテン遺跡研究会が招いたエコワティ・スンダリさん(ジャカルタ 国立博物館)とワン・スーチンさん(台湾中央研究院考古学研究センター)に、両国での最新の陶磁器研究の現状について、お話をして頂きます(通訳付き)。

エコワティさんは長年、ジャカルタ国立博物館の有名なデ・フリーネス陶磁器コレクションの管理に携わってきました。インドネシアの陶磁器研究者の中では最も伝世品に詳しい方で、また各地方の文化財関係者に陶磁器研修などを積極的に行っています。

ワンさんは、最近発掘調査がなされたオランダと鄭氏の拠点ゼーランディア城跡の陶磁片研究を続けています。ゼーランディア城跡は台湾最初の国指定史跡で、発掘調査では日本の伊万里焼や唐津焼が発見されました。

ワークショップ「地域研究者は被災社会に対して何ができるのか? ―スマトラ沖地震・津波災害、パキスタン北部地震、ジャワ島中部地震に対する地域情報発信の経験を通じて―」

日時:2006年7月7日(金) 15:00-18:50
場所:京都大学地域研究統合情報センター3階会議室http://www.cias.kyoto-u.ac.jp/index.php/access
主催:地域研究コンソーシアム社会連携研究会、スマトラ沖地震・津波 災害対応過程研究会

プログラム:

司会:阿部健一(京都大学 地域研究統合情報センター)
15:00-15:10 趣旨説明 阿部健一
15:10-15:50 I. 2004年スマトラ沖地震・津波災害の例
(1)山本博之(京都大学地域研究統合情報センター)「ウェブサイトを通じた災害被災地の地域情報発信:その成果と課題」
(2)西芳実(東京大学大学院総合文化研究科)「地域研究者にとっての大規模自然災害」
(3)篠崎香織(欧亜大学(マレーシア孝恩文化基金合同キャンパスプログラム))「他地域とつながる地域情報の発信の可能性」
15:50-16:00 質疑応答
16:00-16:40 II. 2005年パキスタン北部地震の例
山根聡(大阪外国語大学外国語学部)「日本の大学からパキスタン北部地震へのかかわり」
16:40-16:50 質疑応答
16:50-17:00 休憩
17:00-17:40 III. 2006年ジャワ中部地震の例
岡本正明(京都大学東南アジア研究所)ほか「東南アジア地域で起きた自然災害が東南アジア研究所に問いかけるもの」
17:40-17:50 質疑応答
17:50-18:50 ディスカッション

概要:

近年、海外で発生した自然災害に対する救援・復興活動に社会的関心が集まっている。2004年スマトラ沖地震、2005年パキスタン北部地震、そして2006年ジャワ島中部地震と、立て続けに海外で大規模な自然災害が発生している。これらの自然災害を契機に、さまざまな分野や立場の人々による被災地の救援・復興活動の取り組みが見られる。

そのようななかで、「地域の専門家」の役割が改めて問われている。災害・防災研究や人道支援などさまざまな分野の専門家や実務家がいっせいに被災地への関与を開始する中で、地域の専門家が持っている知見や専門性にはどのような意味があるのか、地域研究者には何ができるのかが問われている。

地域研究者の多くは自然災害や人道支援の専門家ではない。そのため、被災地の言語や文化に通じていることを利用して救援活動の現場で通訳や援助スタッフとして活動する関わり方もあれば、救援活動の足手まといにならないようにと義捐金を募って救援活動の専門家に託す関わり方もある。これに対し、語学や土地勘など自分の専門性を活用して、インターネットなどを通じて地域情報を発信する試みも見られる。

本ワークショップでは、自然災害に地域情報の発信によって対応しようとした人々が集まり、情報発信に際しての共通の経験や課題を共有し、今後の活動に役立てることを目的とする。ここで取り上げられるのは、誰に向けて発信するのか(支援現場か、報道関係者か、調査研究関係者か、日本国内か国外かなど)、どのような情報を発信するのか(地図や写真か、被災地の歴史・経済的背景かなど)、どのように発信するのか(図や画像を使うのか、文字情報だけにするのかなど)、情報はどこから入手するのか(現地語か、英語か、日本語かなど)、それらの情報をどのように見せるのか(速報性重視か、網羅性重視か、特定のテーマを立てて行うのかなど)、どのくらいの期間続けるのかなどの多くの疑問であり、また、限られた人員での作業のなかで構想はあっても実現できなかったさまざまな課題である。これらの経験を共有し、その課題を明らかにし、さらにそれを公開することは、今後の同様の事態に繋がるという点で重要な意義があるだろう。

日本マレーシア研究会(JAMS)関東地区例会

日時:2006年7月8日(土)午後2時より
場所:立教大学 太刀川記念館1階 第1・2会議室
発表者・タイトル
遠藤正之(立教大学大学院)
「カンボジアにおけるマレー世界の展開―「チャム人」の再検討―」(仮題)
コメンテータ:
北川香子(東南アジア学会会員)
参加費:100円
連絡先:立教大学文学部弘末雅士研究室

立教大学太刀川記念館の場所は、こちらのウエッブページをご覧ください。池袋駅西口より徒歩で8~10分程です。

この前行った学会でいろいろ買ってしまって後悔したのは既報通り。とはいえ、コピー本で持っていた旧南ベトナム政権下出版の影印史料の原本など収穫も多く、コピー本の放出によって僅かながら本棚に余裕もでき、床に積んだ本が数冊本棚に収まるなど成果(?)もあった。

で、ふと目に付いた雑誌のバックナンバー3冊。これは持ってなかったな、と買い込んで自宅の本棚の奥を覗いてみると…

しっかり鎮座してました。

放出品がまた増えてしまった。

東南アジア彫刻史研究会第20回例会

日時: 2006年7月8日(土) 13:00-17:00
会場: 大阪薫英女子短期大学5号館第8講義室(アクセスは末尾をご参照ください)
研究発表: 深見純生(桃山学院大学文学部)「パレンバンの7~13世紀を捉え直すには」
(7月2日に上智大学で開催される東南アジア考古学会での同氏の発表とタイトルは異なるものの、内容はほぼ同じとのことです。コメントと映像紹介を岩本小百合氏が担当します。)
資料紹介: 肥塚隆(大阪人間科学大学)「南タイの博物館と遺跡(スライド映写)」
問合せ先: 〒566-8501 摂津市正雀1-4-1
大阪人間科学大学/大阪薫英女子短期大学(橋本康子/樋口裕美)
一般の方の来聴も歓迎します。

大阪薫英女子短期大学へのアクセス

薫英短大のホームページhttp://www.kun-ei.ac.jp/page/15/index.htmlをご覧ください。新大阪からなら、JR在来線各駅停車で京都方面へ3つ目の岸辺で下車してください。出口は南東側の1か所のみです(ホームページの地図をご参照ください)。岸辺駅前の交番の前を南東に直進し、平和堂の大きなショッピング・センター(地図には記載なし)を過ぎて、その角を左折して北東に進み、突き当たり(阪急正雀工場)を右折して南東に進み、阪急正雀駅の地下道を通って(または2階通路を通って)反対側へ出て、十三信用金庫を目指してお越しいただいて、正門からお入りください。JR岸辺駅から徒歩約15分、ゆっくり歩いても20分以内です。阪急正雀駅からは、徒歩約7分です。

海域アジア史研究会6月例会

日時
2006年6月例会:2006年6月24日(土) 13:30~17:00
場所
大阪大学豊中キャンパス 文学部棟2F 史学科共同研究室
内容
栗山保之氏(東洋大学):研究報告「「インド洋西海域世界」に関する歴史研究についての諸問題」

※科研「近代世界システム以前の諸地域システムと広域ネットワーク」と共催

週末はウナギを喰いに学会に参加するために名古屋へ行ってきた。今回も不撓不屈の精神をもってした堅牢強固な誓いのもと、現金を極力持ち歩かないようにした。にも拘らず、自宅まで送ってくれて後日振込み払い可という、学会ならではの本屋さんのサービスと品揃えの前に、やはり諭吉君が飛んでゆく結果となった。遺憾なことこの上ない。まったく、どこに置くんだよ。これから届く本。この他に、下記2冊は持ち帰った。

  • Un manuscrit inédit de Pierre Poivre : Les mémoires d'un voyageur. Texte reconstitué et annoté par Louis Malleret, Paris: EFEO, 1968.
  • Hoàng Xuân Hãn. Lịch và Lịch Việt Nam. (Tập san Khoa học Xã hội số 9: số đặc biệt), Paris, 1982.

帰り際に駅地下で昨年食べ損ねたひつまぶしを食す。駅地下ながら、なかなかの美味(そのぶん高かったが…)。また食べたいと思わせる味だった。個人的には、出汁茶漬けで喰うのが一番美味いと思う。惜しむらくは、山葵が練り山葵だったことと、おひつが上げ底で、満腹になったのに、騙された感が残ったことであろうか。まー、駅地下では仕方がない。

さて、会員総会は前年末の半分以下の出席者。そりゃそーだわな。もう決着付いてるんだし。というわけで、特に波乱もなく、正式に東南アジア学会から東南アジア学会への改称がなった(リンクとか直さないと行けないのだが、学会のサイトもアドレスやらいろいろ直すのに時間がかかるそうなので、しばらくおいとく)。これに関連して、東南アジア学会で検索すると、弊ブログの以前のエントリーがかなり上位にヒットするらしく、某先生から「ちょっと、あの書き方はないんじゃないの?」という趣旨の、表現はやや遠回しだったが真面目なご忠告を頂いた。そういや最近、この検索ワードでうちに来る人が多いとは思っていたが、そういうことも考えねばならんのかなぁ。

読めば分かると思いますが、私は改称に反対の立場です。それは今でも変わりません。だから、そういうバイアスがかかってると思って、あの記事は読んで頂ければと思います。「さよなら」という表現は、当時の私の心情として偽らざるところですが、私が去るのではなく、10年以上お世話になった東南アジア史学会という名称の方が遠くへ去っていくという意味です。制度的に言えば、学会は改称されただけであって、消滅したわけではありません。これに伴って大量脱会とか、分裂とかもないでしょう。私も、今のところは、改称後の学会を抜ける気はありません(大会に行く頻度は減るだろうけど)。

帰宅して、テレビに目をやると「そのとき歴史が動いた」の再放送をやっていた。タイトルは「これは正義の戦いか ~ジャーナリストたちのベトナム戦争~」で、3人のアメリカ人ジャーナリストが、戦場の「実情」や政府の工作を暴露することで、ニクソンにベトナムからの撤退を決断させるまでを扱っている。

時間も短いし、内容が薄っぺらいのは、まぁ仕方がない。アメリカ側の視点だから、米軍撤退を「ベトナム戦争終結」とかうっかり語ってしまうのも、呆れたけど、期待値が低かった分、それほど腹も立たなかった。だから批判をする気はあんまり起きないのだけど、引っかかったのは「ゴ・ジン・ジェム」「(南ベトナム)民族解放戦線」という2つの誤表記だ。

まず、ゴ・ジン・ジェムは完全な間違いである。正しい綴りはNgô Đình Diệmで、これはどう転んでもゴ・ジン・ジェムとは読めない。ベトナム語のアルファベット表記はやや特殊で、「D」は日本語のザ行に当る音の表記で、ダ行はDに横棒の付いた「Đ」で表わす。だから正しくは、「ゴ・ディン・ジェム」(あるいはゴ・ディン・ズィエム/ゴ・ディン・ジエム)となる。当時はベトナム語のアルファベットの活字なんてベトナム以外の国に普通に存在するわけがないから、母音記号や声調記号などを省いたNgo Dinh Diemというアルファベット表記が通用されてきたに過ぎない。そこにさらにベトナム語の「D」は日本語のザ行に当る音の表記という、中途半端な知識が組み合わさってこの珍妙な表記が日本に定着してしまった。しばらく前までは、高校世界史の教科書にもこの表記が使われていたという。

「(南ベトナム)民族解放戦線」。これは誤訳である。原語ではMật trận(戦線) Dân tộc(民族) Giải phóng(解放) miền Nam(南部)で、「南部解放民族戦線」が正解。南部を南ベトナムと言い換えるのは、客観的に見れば、当時はベトナム共和国(南ベトナム)があったし、南部=南部ベトナムなのだから、構わないと思う。問題は「民族」と「解放」の順番。国土と民族との統一を成し遂げ、傀儡政権から南部同胞を解放するための「民族戦線」、というのがこの組織の建前である。これについて、番組のホームページでは

日本では、「解放民族戦線」あるいは「解放戦線」という呼び方も多く使われているが、今回の番組の取材協力をいただいた筑波大学の松岡完教授の意見を参考に、その著書の記述にある“National Liberation Front”の訳語として「民族解放戦線」を使用した。

とある。これはどうだろう。たしかに「民族解放戦線」という言葉は、当時よく使われており、National Liberation Frontの訳語としては民族解放戦線が正しいだろう。だから、場合によっては、むしろ「民族解放戦線」を使うべき場面もあったかも知れない。しかし、今回の番組上でこの組織は、単に戦争の経過を説明する際に歴史的背景として登場するに過ぎない。アメリカ人ジャーナリストの話だからと言って、National Liberation Frontという単語が意味を持つような番組構成でもない。であるならば、わざわざ誤訳を広めることはない。番組制作側そして松岡先生の意見には同意できない。

この2つの誤表記は未だに広く行われており、なかなか改まる気配がない。困ったものである。

東南アジア史学会第330回関西例会

日時:2006年6月17日(土)13:30-16:30
場所:大阪駅前第2ビル6階・大阪市立大学文化交流センター・大セミナー室
話題:松浦史明(上智大学大学院外国語学研究科)
「『真臘風土記』の再検討およびアンコール朝末期における交易品と産物について」
参加費:一般400円 大学院生200円 学部学生無料
連絡先:〒560-8532 大阪府豊中市待兼山町1-5
大阪大学大学院文学研究科 桃木至朗研究室

※非会員の参加も自由です。

多忙

いろんな書類書きやら授業準備(どうせワールドカップを見てしまうので、貯金を作っておかないといけない)、部屋の掃除などで大半の時間が潰れてしまった。まぁ、原因は自分にあるので、誰にも文句は言えないのだが。〆切が迫っている原稿もあるし、怒濤の6月の予感である。

某公共放送局関連らしいTV制作会社から電話取材を受けた。先週監査があったばかりだったので、「大学行政についての番組を作っているのですが、昨年のあなたの出張についてお尋ねしたいことが…」とか聞かれるかと思ってドキドキした、というのはウソです。清廉潔白、清い身でございます、多分。COEの事務局に直接電話がかかってきたので、一体どこで私を知ったのか不思議だったが、ここで検索したそうな。なるほどね。たしかにそこではメールアドレスを公開してない。

質問の中味はベトナムに取材に行って街角で見つけたよく分からんものについて「これなんですか?」みたいな感じだった。電話だったので、先方が聞こうとしている物体を想像しながらだったが、大体想像が付いたので、知っている範囲で答えた。これも社会貢献の一環だろうし、自分の専門範囲ならきちんとお答えしますが、ベトナムの街角で見つけた不思議な物体やら風俗習慣などについては、私を含めた学者なんかよりも現地在住の人(NGOなど援助関係者だけでなく、喫茶店開いている人とか結婚して移住した人とか、今やかなりたくさん居る)にメールなどで聞いた方が詳しいことも多々あるので、裏を取るのなら、そう言う人に並行して問い合わせるのが確実ではないかと愚考する次第です。ちなみに、仄聞した範囲では某公共放送局と某新聞社とは、取材態度がものすごく高飛車だという話でしたが、私がお話しした方は非常に腰の低い丁寧な方でした。

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